オープン・ダイアローグのコースに参加して

オープン・ダイアローグという名前、みなさんは聞かれたことありますか?
直訳すると、オープン(開かれた)なダイアローグ(対話)という意味ですが、実はフィンランドの臨床心理士のチームが80年代に発案・構築した世界的に広まりつつある対話のやり方なのです。
以前、私は家族療法(family therapy)を学んでいたのですが、オープン・ダイアローグも家族療法の一つのメソッドとして紹介されることが多く、ただ統合失調症などの重度の精神症状の患者さんの治療方法として伝えられていることから あまり自分の仕事には関係がないものと思っておりました。ところが、近年 オスロ市の他事業所でオープン・ダイアローグの専門コースに通った同僚との出会いから、もっと多岐にわたって利用されていることが判明。私自身も去年9月から今年3月にかけての10日間コースにて 学びを深めることができました。そんなわけで、今日はこのアプローチについて通ったコースの内容をもとにご紹介していきたいと思います。(横文字が多いのが申し訳ないですが、なかなかピンとくる日本語約ができないのが正直なところです。)
ちなみに、このコースですが、Akershus Universitetssykehus(アーケシュフース大学病院、通称Ahus)の精神科が主催でした。ノルウェーの医療制度ですが、各自治体や区などに住む住民はそれぞれ管轄の病院に割り振りられており、Ahusは近隣の自治体および、私の住むFollo区域の自治体、それからオスロの三つの区の管轄病院になっています。なので、コースはAhus管轄下の事業所の方々が対象でした。

オープン・ダイアローグを「メソッド」と呼ばないで

日本語でググっても、昨今では複数の記事が見つかる オープン・ダイアローグ。2021年のこちらの記事では、WHOがグッドプラクティスと認めている手法とか(以下参照)
WHOがグッドプラクティスと認める「オープンダイアローグ」は、日本の精神医療を変えるか?

もともとは先述の臨床心理士、Jaakko Seikkula(日本語ではヤーコ・セイックラと訳されている)先生率いる西ラップランドの精神科が始めたアプローチなのですが、先生の著書で強調されているのは オープン・ダイアローグは例えば、「認知療法」などのいわゆる一つの「メソッド」ではない…ということ。重要なのは、ダイアロジカル(対話的)な姿勢をもってクライアントさんや患者さんに向き合う…ということでした。コースではこの先生の著書が教科書でしたが、こちらでは何をもってダイアロジカルなプラクティスと言えるのか…などなど。とても深い内容でした。
ちなみに、この臨床チームが行っているのが、オープン・ダイアローグを軸とした「ネットワーク・ミーティング」です。ネットワークとは、社会的繋がりをもったグループのこと。ここでは、医療の現場で当たり前な「患者の家族」という概念は捨て、家族ではなくても患者さんにとって大切な人がネットワークとなります。実際は患者さんがミーティング参加者を選出し、この方たちを招待します。ただ、重篤な症状の患者さんについては、かかりつけ医も呼ばれることが多いとか。このミーティングでは患者さん(メインパーソン)を中心に、自由に参加者全員に思いや考えをシェアできるというもの。そこには、偉い先生などの肩書はとりあえず横に置かれて、参加者全員が平等に自分の話を聞いてもらえるし、質問も自由にできる…そんな空間になっています。ただ集まって、向き合って対話しているだけ…という風に外目からは見えてしまうのですが、とてもポジティブな結果を生み出しているとか。それは、こういった形の場で、集まったお互いがよりお互いを知るチャンスとなるからでしょうね。ネットワークについての考え方、ですが 人は一人で生きているわけではなく、何かが自分に起こると、周りの人々にも影響を与える…というのが根底にあります。

ダイアロジカルにクライアントさんと向き合うとは?

さて、セイックラ先生が言っている対話的な姿勢とは何なんでしょうか?
コースの中では丸一日、ご自分も一般的な心理療法からダイアロジカル・プラクティスに転向されたという某大学の先生の授業がありました。何が一番「一般的な心理療法」と違うかというと、「患者さんを変えようなどの目的を持たず」「患者さんの個性・人格・価値観などをそのまま受け入れ」お話を聞く、という事でした。従来の心理療法だと「ああした方が良い、こうした方が良い」と相手を変えることを第一目標としたうえで、対話療法が繰り広げられるものです。または、はっきりとしたアドバイスが語られなくとも、対話の前提には「今の状態を変える」という主目的があります。と、いうのも相手の考え方・在り方が精神疾患の原因と考えられたり、また療法士の専門知識に基づいて治療が行われているからです。この授業はとっても「目からうろこ」だったですし、そもそも「ダイアロジカル」とは何ぞや…というのを少し深く理解できた思いでした。
私は心理療法士ではなく、主な業務内容も「セラピー」ではありません。ただ、実際の心理療法の内容を見ても、実は対話が中心。(もちろん、精神科だと投薬もありますが)そんなわけで、目的は「治療」とか「セラピー」ではないものの、自分がクライアントさんと向き合う時、様々な影響を与えてしまうものと 大きな自覚が必要です。実際に私の受け持ちのクライアントさんの中には、自分の心理療法士よりも 私と話した後は気持ちが軽くなると言ってくれている子もいます。考えると、責任重大ですね。

オープン・ダイアローグの応用

さて、コースが終わったすぐ後に、年に一回の個人面談が職場でありました。この面談では、自分がこの先1年で何を目標に業務にあたるか、など個人的な目標を所長に伝えることができます。オープン・ダイアローグのコースも、もちろん職場で参加費などを出していただいて通いましたから、この先どんな風にうちの事業所で応用していきたいかもお話できました。
うちのクライアントさんはいわゆるユース、17,8歳から20代前半が多いのですが、さまざまな理由でご家族との関係が悪くなっている方が多いです。もちろん、その中には虐待やネグレクトに遭ってきた子も居るのですが、一度一人暮らしで家族と少し距離を置いてみると、案外「仲を修復したい」と思っている子がいるのも事実。あとは、仲の良い友達がいたとしても、実は友達には自分の悩みや困っていることを打ち明けられていない。そんな状況に、このネットワークミーティングは応用可能かもしれません。会って、話す…そこがこのアプローチの主目標なのですから。

まとめ

さて、今日はオープン・ダイアローグ(とネットワークミーティング)のコース参加を中心に、少しだけこの「やり方」をご紹介してみました。
セイックラ先生は、今70歳くらいの方ですが やはり新しいやり方や考え方を研究の場で発表するごとに、懐疑的な目や中傷を浴びていらっしゃったそうです。私たち、人に関わる仕事に携わる者にとって、何が一番大切なのか…。ノルウェーでもそうですが、自分の地位や知識などを誇示したいあまり、いわゆる「クライアントさんファースト」、対話的になれないプロが多い気がしています。セイックラ先生が、この方法を「メソッド」と呼ばない理由も、そこにある気がします。つまり、手法とかメソッドになってしまうと、物まねやコピーで終わってしまって 根底にある自分のありかたが二の次となり、クライアントさんを第一に考えることが難しくなるからでしょう。

今日も最後までお読みいただき、ありがとうございました!ネットワークミーティング、頑張っていきます。

(私のカウンセリングルームでは、ミーティングをリードするのは私ひとりとなりますが、新しい応用先として試していきたい意向です。オープン・ダイアローグを軸とした、ネットワークミーティングに興味のある方はコンタクトフォームよりお知らせくださると嬉しいです。)

この記事を書いた人
may.juni

いがらしまゆみ。北海道出身。95年ノルウェーへ個人留学。貧乏学生時代を経て、現地で就職・結婚。20年以上のキャリアを持つ、ノルウェー公認ソーシャルワーカー。現在ノルウェー人夫とオスロ近郊で二人暮らし。日本人xノルウェー人カップルが持つ様々な問題・チャレンジに遭遇し、2018年にファミリーセラピーの修士課程卒業。現在、オスロ市で精神障害・精神疾患のユース世代の支援を本業とし、カウンセリングルーム・ハンブルネスは副業として従事。

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